「起きろ!」
マハー・カミラさんの大声。
もう朝なんだろうか?だけどどうマハー・カミラさんの声。どう考えたって友好的ではない。
恐る恐る目を開けてみる。仁王立ちで僕を見下ろしてるマハー・カミラさんの姿があった。
杖で思いっきり、布団の上から叩かれた。
すぐに布団がはねのけられる。
頬を平手打ちされた。
「危うく間違いを犯すところだった。みんなお前のせいだ。少年・悠馬!お前を連れていく」
マハー・カミラさんに軽々と抱き上げられた。
またお姫様抱っこ。
マハー・カミラさんの赤い髪と顔がすぐ目の前にある。甘い香りがした。
春奈ちゃんより甘くて、とっても優しい香り。
いけない、いけない。そんなこと思っては!
けれども甘い夢なんて、一瞬の出来事だった。
血生臭い香りがあたりに漂う。
いつのまにか別の部屋にいた。
僕の体が床に転がされる。
マハー・カミラさんが、じっと僕のこと見下ろしていた。
四方の赤い壁も床も真っ赤だった。
壁のあちこちに何かシミのようなものがついている。よく見たら文字だった。あまり言いたくはないけ
れど、指先に血をつけてつけて書いたようだ。
<きょうこ ゆうじ >
<はるひこ さよなら>
<あなた あいしてる>
<みんな元気で>
<たすけて おれ死ぬ>
<かみさま たすけてくたさい>
<おかあさん 死にます いいこでいて>
僕のそばに、たっぷり水の入った大きな桶。
部屋の隅に置かれているのは、大きな石のまな板。
このふたつが部屋の三分の一くらいを占領している。
そのそばには三十本近くの包丁やナイフ。
要するにこの意味は……。
「神は人間ではない」
背中を思いっきり蹴られた。
「お前との約束などに拘束はされぬ。今夜の零時。お前を生贄とする。血肉を食した後、お前のしゃれこ
うべは、我が伯父、マハー・カーラに提供する」
マハー・カミラさんが大声で叫ぶ。
「よく聞け。わたしはマハー・カーラの側近になるのだ」
「僕、死ぬんですね」
とうとう突きつけられた現実。
だけど僕は言わなきゃいけないんだ。
「土曜日まで待ってください。ハーモニカだけ吹かせて下さい」
返事はすぐだった。
赤の杖で思いっきり肩を叩かれた。
「わたしは神だ。お前との約束などだれが聞くか」
マハー・カミラさんの赤のブーツで、僕の頬を踏みつけられた。
「わたしはまもなくマハー一族の指導者のひとりとなるはずだった。それなのに……」
今度はおなかを強く蹴られた。
「よく聞け。わたしは指導者になるためにに二千年、生きてきた。お前のせいで、その夢が壊されようと
している。ちっぽけなお前ごときにわたしの夢をぶち壊されてたまるか!」
赤の杖を突きつけられた。
杖の先。蛇の頭が舌を出して僕をにらみつける。
「土曜まで生きたいというのか? 絶対に無理だな。お前は今夜死ぬ。いま、草木も眠る丑三つ時か。生
贄にするまでの時間…」
蛇の頭が僕の頬にぐいぐい押しつけられる。
「お前の血肉が最高の美味になるように、お前を拷問にかける」
マハー・カミラさんの心を動かすことができるかどうか分からない。
だけど僕、絶対に言わなきゃならない。
「どんなことされてもいいんです。土曜日まで生きたいんです」
マハー・カミラさんは冷たい表情のままだ。
「病院でハーモニカのコンサートを開きます。もうすぐ病気が耳が完全に聞こえなくなる少女に、アニメ
の主題歌を聞かせてあげたいんです。心の中の耳でいつまでも覚えていられるように……」
マハー・カミラさんは、興味なさそうな表情のまま。
「例え耳が聞こえなくても、心の耳にはずっと聞こえるんです」
マハー・カーラさんが僕に背中を向けた
「耳が聞こえなくなったらなにも聞こえない。嘘をつくのがお前の趣味か!」
「嘘なんてついてません!ぜったいに聞こえるんです」
一生懸命、マハー・カミラさんに呼びかけるけれど、背中はなにも答えてなんかくれない。
「コンサートの後で、長期入院している子どもたちと『英検』のテスト勉強するんです。病院で受験でき
るようになったんです。準二級と三級受ける子たちです。僕、一級持ってるから、その子たちの役に立て
ると思います」
「勉強する子どもは、いつか退院することができるのか?」
僕は答えられない。ずっと下向いたままだった。
「全く無駄な行動だ」
杖が飛んできた。
僕の口のあたりを思いっきり打ち据えてうちすえ、またマハー・カミラさんの手に戻った。
マハー・カミラさんは背を向けたまま。
後には口元の激痛。それから血の臭い。
だけど僕は話し続ける。やめちゃいけないんだ。
「無駄になんかなりません」
マハー・カミラさんは背を向けたまま。
そのときだった。
僕の目の前で、突然赤い煙がユラユラとゆらめいた。
マハー・カミラさんの姿が、一瞬見えなくなった。
煙が消えたとき、僕の目の前に赤い部屋はなかった。
一年前の光景が、まるで再生動画のように、僕の前に広がっていた。
僕は病院の一室にいた。
ベッドの上には布団をかぶったままの男の子。光一くんって名前だ。
布団の下から泣き声が聞こえてきた。
僕は、英検の準二級のテキスト持ったまま、その場に立ち尽くしていた。
「悠馬君。僕って死ぬんだよ。手術すればよくなるってお母さん言ってるけど、嘘なんだ。病院の先生も
看護師さんもみんな嘘つきなんだ」
光一くんの叫びが僕の胸をえぐる。
「英検なんか受けたってしかたないんだ。死んだらそんなもん、なんにもならないんだ」
僕に出来ることはひとつしかなかった。黙って一冊の本を布団の隙間から中に入れた。
「『英検資格取得者名簿』。英検の資格を持っている人の名前が印刷された本。 毎年更新されて、お金を
出せば名前が掲載してもらえるんだ。三百一頁見てよ。 僕の名前が載ってるんだ」
光一くんの返事はない。
「毎年、毎年、僕の名前載ってるんだ。合格したら光一君の名前だって、この本に載るんだ。そしてみん
なの目標になるんだよ。ずっとずっと……」
あの日と同じ体験を僕はもう一度していた。
そして十ヶ月前の光景。
光一くんの仏壇の前に飾られた準二級の証明書。光一くんの名前が掲載された合格者名簿。
光一君のお母さんは今年もまた光一くんの名前を記載してもらうと言っていた。
きっとこれから毎年毎年、光一くんの名前は『英検資格取得者名簿』に記載されていく。
光一くんの名前はいつまでも残っていくんだ。
そして背中を向けたマハー・カミラさんの姿。
肩が震えている。
クスクス、笑い声が聞こえる。
「無駄になんかなりません」
笑い声に呼びかける。
また僕の前に赤い煙が広がる。
煙が消えた後だった。
僕の目の前いっぱい、大きな新聞が広がっている。
あの日の日付。
いまでも僕の心にハッキリ刻まれている見出しの文字。
たぶん一生、忘れないはず。
何度も読み返した。
<乗用車崖下に転落!母娘死亡 自殺をほのめかすメモ。傷がい者の娘の将来に悲観?>
<母娘転落死に複雑な近所の人々の声。
特に差別的な言動をしたと思ってない。自分自身で追い込んだのではないか?
町内会会長の談話。残念に思うが介護疲れが原因だと思う。
町内会として、できるだけの応援はしていたと思いたい>
マハー・カミラさんの笑い声が大きくなっていた。
僕は勇気をふるって心いっぱいに大声を出した。
「姉の死をムダになんかしません。僕がひとりでもだれかを助けることが出来れば、姉の死はムダでなく
なるんです」
本当は怖かった。全身が震えていた。
そう一気に叫んでから、また下向いた。
僕のすぐ前にマハー・カミラさんの気配。
「憶えておけ。神は人間から説教を受けることを好まない。いまの言葉はわたしを不愉快にした」
マハー・カミラさんが右手になにか握っている。ピカッと光った。
「お前は罰を受けることになる」
マハー・カミラさんが三十センチくらいある巨大なナイフを手にした。
僕の方に向き直る。
大きく口元を曲げて笑っている。
思わず背筋が寒くなる。
「神に反対する者がどうなるか、教訓とする」
僕、やっぱりハーモニカのコンサートも英語の勉強会もできないみたい。
いよいよここで死ぬんだろうか?
突然、部屋の中を大きな風が吹いた。
悲鳴のような声が聞こえた。
マハー・カミラさんがハッとしたように天井を見上げる。
風が僕の頬をチクチクと刺す。
マハー・カミラさんの額の前髪が大きく跳ね上がる。
僕はハッキリ見た。
マハー・カミラさんの赤い額の中央に大きな目があった。
普通の目の大きさの三倍はあったと思う。
赤い瞳がじっと僕の方を見つめていた。瞳の中心がどす黒い。
再び風が吹き、前髪が額を覆う。
マハー・カミラさんが僕を見ておごそかに宣言。
「伯父マハー・カーラの声が聞こえた。お前が死ぬ前に、死ぬよりも恐ろしい苦しみを与えよ。伯父上の
言葉がハッキリ聞こえた」
マハー・カミラさんは僕になにをしようというのだろう。
「お前の罰は、今よりお前がハーモニカを聞かせたいという少女が受ける。その少女は死ぬ。お前は土曜
日まで生きる必要がなくなる。お前は死ぬ前に悲しみに泣く」
そんな! いマハー・カミラさんが信じられないことを叫んだ。
「お前が泣くのを見てわたしたちは笑う。それが神のやり方だ。待っておれ」
マハー・カミラさんが杖を振れば、なんでも呼び出すことができる。 僕を縛り上げる太いロープだって同じだ。 もう手足を縛られてるのに、マハー・カミラさんはそれでも足りないって言った。 杖を振った後、宙に浮かんだ太いロープで僕の体をぐるぐる巻きにした。固く固く体を締めつける。 そのまま壁にもたれて座らされ、口にロープをくわえさせられた。 どうして猿轡なんかはめるんだろうか? さっぱり分からなかった。 ここで大声出したって、だれにも聞こえないはずなのに。 マハー・カミラさんが僕を見つめる。 赤い瞳が、血のように赤く炎のように明るく光った。 「少年・悠馬。お前はよけいなことを色々と話し、神であるわたしの気分を害した。夜明けまでまだ遠い。これからお前は自分が愚かな理想を叫んだことを死ぬ直前まで後悔することになる」 マハー・カミラさんの姿が消えた。 そして僕の前にまた赤い煙。 煙が消えたときだった。 僕の前には、今度ハーモニカのコンサートを開く玉山病院の全景。 星ひとつない闇夜をバックに、白い七階建ての病院。 そして病院の正面玄関前。 マハー・カミラさんの姿。 僕っていま、同じ時刻に玉山病院で起きていることを、この部屋で見せられているのだ。 マハー・カミラさんが微笑む。 夜空が冷たく凍った。 マハー・カミラさんの姿が消えた。 マハー・カミラさんは僕がコンサートする病院に行ったんだ。 なんのために? 僕の目の前には! 317号と書かれた病室の扉。 その病室がだれの病室なのか? 僕はよく知ってる。 病気のために目が見えなくなり、だんだんと聴力まで失われ、もうすぐなにも聞こえなくなる小夜ちゃんの部屋だ。 僕のコンサートでアニソンの演奏を聴いて一緒に歌いたいと話していた小夜ちゃん。 どうしてマハー・カミラさんが小夜ちゃんの部屋の前にいるんだろう。 まさか!「少年・悠馬」 マハー・カミラさんが僕の方を見ている。 赤い杖を突きつけてくる。「神は宣託する。すべての不幸は生きることによって生まれ、死と共に消える」 マハー・カミラさんが大きく杖を旋回する。 赤い杖が、長さ二メートルくらいある大きな剣に変わっていた。 剣の柄が赤く輝く。 そのとき、僕は、やっと気がついた。 マハー・カミラさんの考えてることが全て
「起きろ!」 マハー・カミラさんの大声。 もう朝なんだろうか?だけどどうマハー・カミラさんの声。どう考えたって友好的ではない。 恐る恐る目を開けてみる。仁王立ちで僕を見下ろしてるマハー・カミラさんの姿があった。 杖で思いっきり、布団の上から叩かれた。 すぐに布団がはねのけられる。 頬を平手打ちされた。「危うく間違いを犯すところだった。みんなお前のせいだ。少年・悠馬!お前を連れていく」 マハー・カミラさんに軽々と抱き上げられた。 またお姫様抱っこ。 マハー・カミラさんの赤い髪と顔がすぐ目の前にある。甘い香りがした。 春奈ちゃんより甘くて、とっても優しい香り。 いけない、いけない。そんなこと思っては! けれども甘い夢なんて、一瞬の出来事だった。 血生臭い香りがあたりに漂う。 いつのまにか別の部屋にいた。 僕の体が床に転がされる。 マハー・カミラさんが、じっと僕のこと見下ろしていた。 四方の赤い壁も床も真っ赤だった。 壁のあちこちに何かシミのようなものがついている。よく見たら文字だった。あまり言いたくはないけれど、指先に血をつけてつけて書いたようだ。 <きょうこ ゆうじ > <はるひこ さよなら> <あなた あいしてる> <みんな元気で> <たすけて おれ死ぬ> <かみさま たすけてくたさい> <おかあさん 死にます いいこでいて> 僕のそばに、たっぷり水の入った大きな桶。 部屋の隅に置かれているのは、大きな石のまな板。 このふたつが部屋の三分の一くらいを占領している。 そのそばには三十本近くの包丁やナイフ。 要するにこの意味は……。「神は人間ではない」 背中を思いっきり蹴られた。「お前との約束などに拘束はされぬ。今夜の零時。お前を生贄とする。血肉を食した後、お前のしゃれこうべは、我が伯父、マハー・カーラに提供する」 マハー・カミラさんが大声で叫ぶ。「よく聞け。わたしはマハー・カーラの側近になるのだ」「僕、死ぬんですね」 とうとう突きつけられた現実。 だけど僕は言わなきゃいけないんだ。「土曜日まで待ってください。ハーモニカだけ吹かせて下さい」 返事はすぐだった。 赤の杖で思いっきり肩を叩かれた。「わたしは神だ。お前との約束などだれが聞くか」 マハー・カミラさんの赤のブーツで、僕の
お話は、マハー・カミラがマハー・カーラに拝謁した時間の少し前に戻ります。 この夜。マハー・カミラがアイスクリームを買うため、幽霊塔を出た二時間ほど後のことです。 警視庁の「組織犯罪機動捜査隊」の部屋を訪れてみましょう。 組織犯罪と思われる重大事件について初動捜査を行う「組織犯罪機動捜査隊」。 主任の松山洋介《まつやまようすけ》警部は窓の近くの専用の机で夕食を摂っていました。 まだ湯気の出ているビーフステーキの定食です。カリカリのジャガイモに茹でたブロッコリー、ニンジン、エノキが添えてあります。皿に盛られたライスとカップに注がれたコーンスープ。 次期警視の呼び声も高い松山警部はナイフとフォークを器用に使いながらステーキに舌鼓を打っているのです。「やはり松阪牛は違う。僕くらいになると舌に乗せただけで分かる。国産牛や神戸牛、飛騨牛、十勝牛と区別のつかない人間には、この至福の時間は分からないだろうな。無知とは全く気の毒なことだ」 警視庁の敏腕警部、松山洋介さんの視線の先には、スマホで誰かと話をしているライトブルーの制服姿の女性。機動捜査隊所属の白木文婦警でした。 美人といえるか微妙なところ。それでも明るい笑顔の丸顔は、警視庁の多くのファンのハートをがっちりつかんでいたのです。「獅子内《ししない》さんですね。尋ねてくるのは警部も構わないと思うけど、一体いつ?」「いますぐだ」 ドアをノックする音。 入ってきたのは、緑のシャツにだらしなくネクタイを緩めた三十歳前半の男性です。ニコニコ愛想よく笑っているものの、よくその表情を見た人は、目が異様に鋭く冷たいことに気がつくことでしょう。 紺のジャケットを肩に掛け、松山警部と白木婦警を見回します。「おふた方。僕になにも言わずにどこへ行かれるおつもりですか?」 松山警部が食事の手を休めます。「まあ、警視庁の民間協力員を無下に扱うこともできないな。いつもながら日本を代表する報道記者だと褒めておくよ。三神議員も褒めていたよ。君のことを!」「次期東京都副知事は確定。将来、都知事に進むか、国会に行くか?注目の人ですね。お知り合いとは!」「僕のところには自然と人が集まるのさ」 意外なところで、悠馬のよく知っている人の名前が出ました。「今度、紹介して頂けますか?ところで話は戻りますが、一体な
ここで私たちは、ひとまず上杉悠馬君の手記から離れ、マハー・カミラを巡る様々な出来事を見てみましょう。 それというのも、幽霊塔に監禁されていた悠馬少年には知る由もないことですからね。 皆さんは闇の世界を知っていますか? 光が全くない世界を知っていますか? それはなにも見えない世界なのです。 時々、聞こえる声や物音だけが、あなた自身が孤独ではないことを教えてくれるのです。 闇の世界の中。マハー・カミラはたったひとり、階段を上がっていきました。 どこまでも続く長い階段。 マハー・カミラが手にした燭台。 赤く長いローソクの赤い炎に照らされた光景が、この世界に階段があることを教えてくれるのです。 マハー・カミラは聞いたのです。 階段の左右から響く男女の叫び。 その叫びが、いま、この世界に数多くの人が集まっていることを教えてくれたのです。「マハー・カミラ!お前は一族の恥さらしじゃ」「マハー・カミラは一族の名前を汚す悪党だ!」「マハー・カミラ!お前は神ではない。なぜここにいるのじゃ。出て行かぬか!」「助けて!マハー・カミラが四千年続いたマハー一族を滅ぼしてしまうよ。早くだれか懲らしめておくれ」「マハー・カミラよ。お前はこれから『皆を苦しめて絶望を与える憎々しい赤の悪党』と名乗るのだ」 マハー・カミラは舌打ちしました。「わたしを追い落とすつもりか。そう簡単にいくと思ったら大間違いだ」 叩きのめしてやろうと思いましたが、不愉快な声の主たちがどこにいるのか、ローソクの炎では分かりません。 だが階段の上。階段を上りきったところに立つ者の姿だけは、マハー・カミラにもよく見えたのです。 巨大な裸足の脚でした。 巨大な脚は青銅に輝き、電柱を十本くらい束ねたほどの太さでした。 そして巨大な脚の周囲から、一斉に美しい女性の歌声が流れたのです。 ♬マハー・カーラ マハー・カーラ みな殺し 殺せ マハー・カーラ♪ ♬マハー・カーラ マハー・カーラ 血を流し 肉を裂け マハー・カーラ♬ 歌声が終わった後、遠い暗黒の空から声が降ってきたのです。「マハー・カミラよ。わたしはマハー一族の長として、お前を側近のひとりにしようと考えていた」 体が押しつぶされそうな重々しい声でした。「お前が二千年の間、マハーの神族《しんぞく》
マハー・カミラさんが、僕の食べたい鍋料理を聞いてきた。 僕はまず、貯蔵庫にどんな食糧があるか聞いた。 マハー・カミラさんの話を聞き、家でよくつくった野菜とうどんにお餅、鶏肉少々でつくる簡単な鍋料理のつくりかたを説明した。 マハー・カミラさんの杖が何回か縦横十文字に振られて三分後。 大きな鍋に、僕が教えた通りの鍋料理ができあがってた。 最後にマハー・カミラさんが杖を旋回。部屋の中央に白いテーブルと椅子が出現した。 そのとき、僕ってすごくびっくりした顔したみたい。 マハー・カミラさんが冷たい笑い浮かべた「わたしをだれだと思っておる。マハー・カーラの一族。赤の女神と呼ばれた神だ」 何回か杖が振られ、テーブルの上にご飯と鍋料理をついだお椀。そしてアイスクリームが盛られた銀の食器がふたつずつ並んだ。 僕ら向かい合わせで座った。「あの……」「どうした?少年・悠馬」 僕って椅子に座ってるけれど、後ろ手に縛られたままだもの。 せっかく料理をつくっていただいたんですが、これでは食べることができません。ロープをほどいてくれませんか。逃げたりなんかしません」「それはできん。お前はわたしの生贄だ。死ぬまで縛られたままでいるがよい」 「でも……」 そのときの僕ってすごく悲しそうな表情だったみたい。マハー・カミラさんが困った顔をした。わざとらしく咳払い。「少年・悠馬。お前は生贄なのに注文が多い。いけないことだぞ」 少し後の時間。 僕らの座ってるテーブル。 マハー・カミラさんったら右手に箸、持ってる。 なにしてるかっていうとね。 ご飯やおかずを僕の口に運んでくれていた。 僕のすぐ隣に座って体を密着させて……。「熱くないか?」「大丈夫です」「次は何がいいか?」「うどんが食べたいんですけど」「分かった」 僕の口にうどんを運んでくれた。 思い出したようにハッとする。「勘違いするな!」 僕のこと、こわい目でにらみつける。「少年・悠馬。お前に言い聞かせることがある」 なんで怒っているのか、いまひとつ分からない。「お前は三日後、死ぬのだ。生贄というものは、どんな場合であれ、最後まで大切にするものだ。お前の血肉を美味しく頂くため、言うことを聞いただけだ。《》わたしの気持ちを勘違いすることは絶対許さん」 やっぱり分からない
三十分くらいでマハー・カミラさんは帰ってきた。 バニラからチョコ、ストロベリー、抹茶、大納言etc……。 全部で十数種類。 アイスクリームの大きなカップが、目の前に静止して浮いている。「ありがとうございます。でもこんなにたくさん、ちょっと食べ切れません」「明日また食べればよい。この杖を使えば、ずっと冷たいまま、溶けることはない」「お金はどうしたんですか?アイスクリームを売っている店の場所とか分かるんですか?」 なんとなく気になったので質問してみた。「お前はわたしをだれだと思っている。紀元前二三〇〇年前、インダス文明の始まりと共に生まれたマハー・カーラを頂点とするインドの神の一族のひとりだ。マハー・カーラはその後、中国、日本と伝来し大黒天となった由緒正しい神だ」 マハー・カミラさんが胸を張る。「マハー・カーラに及ぶことはできないものの、森羅万象、このマハー・カミラにできないことはない。それでも少しばかり時間を必要とする場合もある」 ふーん、そうなんだ。「アイスクリームについては、時間を短くするため、お前の協力を仰いだ。それだけのことだ」 マハー・カミラさんが落ち着いた表情で答えた。「さて少年・悠馬。お前はどのアイスクリームにする?一番好きなものを今日、食するがよい。明日はまた別のものを選べばよい」 そう僕に聞いてから、一瞬だけ僕に背を向けた。 僕の方に向き直ったら、厳かに僕のこと、にらみつけてきた。「勘違いするな!」 突然、大声で怒鳴りつけてくる。「少年・悠馬。お前は明日死ぬのだ。マハー・カミラの領域を侵した者の運命なのだ」 僕は下を向いた。僕の運命は、やっぱりもう決まってるみたい。「残ったアイスクリームはわたしがいただく。お前の血肉のフルコースのデザートにな」 マハー・カミラさんの声が響いた。 覚悟してたんだけど、やっぱりひとしずく涙が落ちた。「明日死ぬ少年・悠馬。どれにするのか?」 本当にマハー・カミラさんは意地悪だ。 僕が黙ってたら、僕の顔、のぞきこんできた。「明日はわたしに食される少年・悠馬。なぜ答えない?」「いりません」 そう答えたら、また涙がひとしずく。「ぜんぶマハー・カミラさんがどうぞ」 そう答えてから、涙が後から後から流れ落ちる。 マハー・カミラさんが僕の肩に手を置いた。「三日後まで